特集 闘病記文庫 -病と向き合うためのレファレンス-
TOKYO人権 第31号(平成18年9月25日発行)
東京都立中央図書館(港区)の4階・自然科学室に「闘病記文庫」が設置されたのは、昨年の6月のこと。同じフロアにある「医療情報コーナー」のすぐ近く、閲覧スペースの一角に開架式の書棚が置かれています。この医療情報コーナーは、患者の立場から、医療に関するさまざまな情報を探せるようにすることを目的に設置されたもので、同館が提供する新しい情報サービスの一つとして位置づけられています。
従来、医学・医療に関する情報は、専門的知識の集積に重点が置かれ、必ずしも患者の立場に立って整理・提供されているとは言えませんでした。このコーナーでは、薬や治療法に関する患者向け図書・雑誌を始め、知識を深めるための基礎的な医学書、医学論文のデータベース、新聞記事の切り抜きや、病院探しのためのガイドブックなどが、情報としてまとめられ、利用者に提供されています。
同館への闘病記文庫の設置は、闘病記ライブラリーの設置を推進してきた民間グループ「健康情報棚プロジェクト」(代表・石井保志さん)からの働きかけによるもので、そうした活動が、図書館におけるサービスのあり方を見直す動きと合致して、実を結んだものです。公共図書館としては全国で初めての試みでした。
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闘病記文庫の書棚には、全部で931冊の本が、病気ごとにまとめられて配架されており、利用者が自分で調べたい病気について書かれたものを、容易に探し出せるように工夫がされています。分類された病気の種類は200以上。時代を反映してか、およそ半数近くを「がん」が占めていますが、患者数の少ない難病に関する本も、きちんと備えられています。また、書棚の傍らには、闘病記のリストとともに「なんでもノート」が置かれ、閲覧者は自由に感想等を記すことができます。
インフォームドコンセント(病状・治療に関する説明と同意)やセカンドオピニオン(主治医以外の見解)といった言葉は、近頃ようやく社会に定着しつつあるように思われます。このことは、かつてのような、いわゆる「医者任せ」の医療に対して、患者側がより主体的に病気と向き合うようになってきた状況を示しているものと言えるでしょう。
医療と人権の問題を考えるとき、この患者の立場というものがとりわけ重要なものになってきます。
人が、自らの問題として、病気と相対したとき、まずもって必要になるのは、それによって自分の生活がどう変わるのか、また、直面するその不安とどう向き合えばいいのかということについての情報です。医学的知識を記した専門書は、こうした患者側のニーズに応えることはできません。自分と同じ病気にかかった人が、どのように治療し、どのように日々を送り、そしてどのように不安と闘ったのかを知りたい…人々が闘病記を求める根拠は、おおよそここに集約されると言えます。
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闘病記は往々にしてタイトルから内容が判断できない場合があります。それが「いまを大切に生きる」といったたぐいの抽象的なタイトルであった場合、実際に本を手にとって、ページを開いてみなければ、何の病気に関するものであるかはわかりません。もちろん、病名を冠した闘病記もたくさんありますが、例えば「がん」にも様々な種類があるわけですから、必ずしも容易に探せるわけではありません。
もうひとつの問題は、闘病記が、多くの図書館では、文学やノンフィクションの棚などにバラバラに分かれて並べられていたこと。これでは、不安と闘う前に、情報を探し出すことに多大な労力を費やしてしまうことにもなりかねません。こうした問題を解決するため、闘病記文庫では病名ごとに本が分類されています。利用者は自分の病気についてどういう闘病記が出されているのか、書棚を見れば一目で知ることができます。都立中央図書館の場合、病名分類は全部で221種類。これら病名を記したインデックスが書棚に立てられ、またその一覧がすぐ横に掲出してあります。
この病名ごとの分類という方法は、今年の6月から始まったインターネットの闘病記検索サイト「闘病記ライブラリー」( 国立情報学研究所・高野明彦教授が主催するNPO法人・連想出版が運営)においても取り入れられています。画面上に現れる仮想の本棚には、全部で700冊分の闘病記が分類されて並べられ、その背表紙をクリックすると目次その他の情報や、表紙・裏表紙の画像などが閲覧できるという仕組み。同サイトは図書館等との連携を視野に入れており、今後、利用者はこの仮想本棚で、どの本が自分に合っているかを確認した上で、書店や図書館に足を運べばいいということになります。
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首都大学東京荒川キャンパス(荒川区)にある図書情報センター荒川館は、医療・看護系の大学図書館のあり方を検討した結果、今年4月から施設内に「闘病記・医療手記コーナー」を設置しました。都立中央図書館の闘病記文庫を参考にしながら、病名による分類に加えて、医療従事者の手記等を配置した点にオリジナリティが見いだせます。
健康福祉学部の2〜4年生が通うこのキャンパスは、医療・看護に従事する人を養成するための施設。そのため、図書館も学内利用中心に運営されていますが、昨年、大学が図書館施設を都民向けに公開したことから、現在では一般利用もできるようになりました。
医療・看護に携わる人、学ぶ人たちにとって、患者がどのような気持ちで病気と向き合っているかを知ることは、ひときわ重要な問題です。闘病記という、患者や家族等の立場から見た情報に接することは、将来的に提供される医療や看護の質を高めることにもつながるでしょう。ここでは、学ぶ人、携わる人と当事者、それぞれのための「闘病記文庫」が模索されています。
同館の「闘病記・医療手記コーナー」の蔵書は6 7 2 冊(8月現在)。ホームページには、やはり病名ごとに分類された蔵書の一覧データが掲載され、詳しい書誌情報と在架状況が検索できるようになっています。
冒頭に記した闘病記専門のインターネット古書店「パラメディカ」の星野史雄さんは、ホームページの中で、次のように述べています。
「私の妻は乳がんの再発で、43歳で肺の手術をし、さらに骨転移で苦しみながら一年後に亡くなりました。妻の死後、私は勤めていた予備校をやめ、一年間は何もしないことにしました。(中略)妻にとって、私が良き介護者だったかというと、そうとも思えません。夫が妻を介護したつもりでも、足りない部分はあるものです。この悔いが出発点になっています」(「パラメディカ開店の理由」より抜粋)
星野さんは、介護の参考にするため闘病記を探して書店を訪ね歩き、それがなかなか見つけられなかった経験から、闘病記専門の古書店を開くことを考えたといいます。それは、誰よりもその必要性を痛感していたからにほかなりません。
「闘病記を読むと、さまざまな家族がどのような病と、どのように向かい合ったかが読み取れます。ある女性は抗がん剤の副作用で不妊になり、「子どものいない人生なんて考えられない」という夫から、離婚を迫られました。ドクターは、彼女が若いため、強めの抗がん剤を用いたのですが、それで離婚に至るとは思っていなかったらしく、事前に不妊についての説明もなかったようです。
乳がんの医学書には術式(縦に切るか、横に切るか)やホルモン療法については書いてありますが、「患者にとって何が大切かを考えよ」とは書いていないのです」(同前)
「もう私には闘病記は不要なのですが、いつでも、どんな病気に関しても"闘病記"、つまり患者の生の声が手に入る場所があってしかるべきだと思いました」と星野さんは記しています。
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